映画『そして父になる』


久しぶりの映画鑑賞、それもフォーラム東根で。
スタンプ招待券がありましたので無料でした。
今回はちょっとネタバレというか、自分なりの推測を書いてみました。
これから観たいと思っている方は、下の感想を見てしまうとつまらなく感じてしまう可能性があるので...。
感想そのものは大したものじゃありませんが(苦笑)
実際に映画を観てからどうぞ。

映画『そして父になる』...ハンカチ無しでは観られないと聞いていましたので、それなりに覚悟して観に行きました。
実際はいろいろと考えさせられて涙は出ませんでした。

乳幼児の取り違えが抱える問題とそれを解決しようとする大人の思考。
そこには子供の意思を尊重するというプロセスがありませんでした。
苦悩・葛藤する夫婦とわけもわからないまま大人の都合だけで交換される子供。
交換された側の子供は納得していないから元の家(自分の家)に帰りたいと願うのは自然の摂理...。

詳しくは解説されていませんでしたが、野々宮良多(福山雅治)と野々宮のぶ子(風吹ジュン)には血の繋がりはないのでしょう。
おそらく野々宮良輔(夏八木勲)と野々宮のぶ子は再婚、野々宮良多は義母であるのぶ子に懐かなかったのでは?
「俺も家出をして父親に連れ戻された」という劇中の台詞、野々宮良多がマンション駐車場のクルマの中から野々宮のぶ子に電話をしたのは、過去のことを謝りたかったからではないか...と。
それも血の繋がりのあるはずの斎木琉晴(ファンショウゲン)が、色々とコミュニケーションをとっても自分(野々宮良多)と妻(みどり)に懐かなかったことで、自分の過去を思い出したからでしょう。

野々宮良多が涙するシーンは印象的でした。
血の繋がりの無い息子である野々宮慶多(二宮慶多)が良多の持つデジタル一眼レフカメラ(キャノン製)で撮った写真を眺めていたとき、そこに自分の知らない写真を発見します。自分が寝ているときに息子が撮った父親と母親の写真。
公園の遊具で野々宮良多が野々宮慶多に「カメラをあげるよ」と言って「要らない」と言われた意味...。
きっと野々宮慶多は野々宮良多に気づいて欲しかったんだと思います。
僕はパパとママを見ています...と。
息子の野々宮慶多の思いを知ったとき、野々宮良多は涙せずにはいられなかったのでしょう。

映画を観て『血縁の力は時間で超えられる』...そんな風に感じました。
まぁ、そうでなければ連れ子との再婚なんて出来ないですし。
長く暮らせばやはり情だってわいてくるはず。。。
自分は実の息子達と過ごせる時間は年に最大12日、それも1日あたり3時間くらいですからね、年36/8760時間(約0.4%)
会って過ごす時間が短ければ短いほど、親子としての絆は希薄なものになっていくのではないか...と。
きっと中学生になったら部活が優先で会える機会もめっきり減ることでしょう。
現実は厳しいなぁと思いましたね。
後悔しないように、今出来ることを精一杯やらねば!生きねば!(なんか違う映画の台詞がw)